産後うつの症状(時期はいつからいつまで?)

「産後うつかも」と思う人へ

産後うつ。10人に一人の産婦の方が陥るといわれ、もはやマイナーな症状ではなくなりました。とはいえ、自分がそのまっただ中にいることを自覚せずにもがき苦しんでいる人、あるいは「自分に限ってそんなはずは」と思いつつも、その苦しみから逃れられない人々はたくさんいると思われます。はっきりとはわからないけれど、出産後得体の知れない憂鬱に悩まされている方のご参考になればと思います。

「兆候」は産前からあった

私は20代の終わりに妊娠しました。結婚して数年になる夫は転職を繰り返しており、知人のいない新天地で出産したのです。果たして自分は育児をやっていけるのか、不安に押しつぶされそうで、パニックを起こしかけたことが何度もあり、今思えば産後うつへの兆候だったのでしょう。出産自体は安産でしたが、入院生活はひどく陰鬱でした。夫は頼んだものを持ってきてはくれず、せっかく寝付いた子を起こして泣かせるばかり。私の親族は遠方に暮らしているため、訪問者はいませんでした。もうその頃から涙が止まらない、眠れない、説明のつかない不安につきまとわれる等の「マタニティブルー」症状が出ていました。退院後も、夫は育児にはノータッチ、「うるさいから別室で寝ろ」と私と子どもを追い出すほど。出産後は、なりふり構わないハイ状態で全てを乗り切った感があります。未来への不安に駆られて頻繁に涙が出ましたが、新生児の世話にかかりきりでした。それが積もった結果、一年後に私は深刻な症状を発症したのです。

「涙」と「笑い」がとまらない?

とにかく疲れていました。夫の助けを諦めて一人で育児に奮闘した結果、私の心身は文字通りのバーンアウトを起こしました。子どもが歩き始めた時期です。所構わず涙が出る、そして「笑い」が止まらなくなったのです。ヒステリックな笑いが何時間も止まらなくなり、精神科に連れていかれました。それ以降も、ものを壊す、自傷する、自殺願望が深まる、などの衝動が起こりました。バスや電車にのることが恐ろしくてできなくなりました。医師は「あなたは産後うつなんかじゃない、夫婦間に問題があるだけだ」「あなたは確かに産後うつだから、この抗うつ剤を飲んで寝て下さい」など、それぞれで様々に言われました。では私は結局何だったのか…と考えると、やはり産後にうつ状態になったのだから、産後うつでしかありえなかったと思うのです。「これが一体いつまで続くのか。このまま死んでしまうのか。」と自問していました。希死観念が浮かぶたびに、「でも子どもの世話役がいなくなるな…」と踏みとどまる時期でした。それが底打ちだったのですが、私が回復したと感じたのは、実は子どもが3歳になった頃です。きっかけは、納戸から学生時代のノートが出てきたことでした。若かった自分がそこにいました。授業中の落書きのように、「いつか〇〇がしてみたいなー」等と書いてあったのです。それを見て私は、このまま終わってたまるか…と自分の中に炎が蘇ったのを感じました。医師たちもカウンセラーも家族も治せなかった私のうつ症状を、過去の私自身が救ったのです。

回復へ

抗うつ剤をやめ、精神科医に別れを告げ、ボランティア活動やスポーツを始めて、私は自分自身の変化に驚きました。折しも子どもは幼稚園に通うようになり、本当に数年ぶりに、自分と向き合う時間が確保できるようになったのです。いつまでも明けないと思っていた、長い夜がようやく明けた気がしました。それからも波はありますが、出産後3年間の時期のように、長いうつ状態に陥ることはなくなりました。たまに、同様の悩みを抱えた方に「私はいつまでこんな状態が続くんでしょう」と相談をされることがあります。その問いに、私はいついつまで、と正確に答えることはできません。ただ、誰にも「一番辛い辛い時期」はあり、それが「底打ち」となって徐々に回復が始まる時期なのだと思うのです。ですから、必ず終わりは来ます。

「辛い時期」にいるあなたへ

とても大切なのは、「自分を信じること」です。心身が疲れて産後うつ・育児うつに陥ったのであれば、それはつまりあなたが出産や育児に対して真摯に取り組んできたという証拠です。ただ、どうしても人間には限界がありますから、そこで回復をしないことには後が続きません。この試練のあとには必ず進化した自分がいるはずですから、決してあきらめずに日々を過ごしていきましょう。そして、そこで周囲の援助を求めることは、決して甘えではありません。